お久しぶりです。新3年アナリストの森口です。

もう3月になってしまいました。東大では10日に合格発表を控え、新入生が入ってくる時期も近づいてきました。

 

僕が前回書いた(かれこれもう半年前なのですが)ブログがなんだか降格へのフラグを立ててしまったかのように思えてなりません。今回はおとなしく書こうかな、当たり障りのないブログにしようかな、と思っていたのですが、そうは問屋が卸さないようです。またお得意の長文ブログになっていますので、覚悟のある方だけお読みください。

 

今シーズンの意気込みということで…もちろんチームとしては3部昇格(この「昇格」っていう言葉が個人的にはすごく嫌で、「復帰」「帰還」という言葉を使いたいところですね…)という明確な目標に向けて進んでいるわけで、僕自身も当然それに基づいてバレー部の活動をしているつもりです。

しかし、なんだかモチベーションが上がらない。チームメイト・スタッフ・ファンの皆さんには大変申し訳ないのですが、まさに「惰性でやっている」という言葉に尽きると思います。何を隠そうと現実そうなってしまっているのでぶっちゃけ仕方ないという考え方もなくはないですが、なぜそうなってしまっているのかを僕自身真剣に考えていますが、いまだに明確な答えを見いだせていません。ですが、その答えになるようなヒントはあるのかもしれないと思っています。

 

昨年の秋リーグ、わがチームはブロック内全敗を喫し、4部へと降格をしました。けが人が続出したから、という理由付けをよくされますが、もしフルメンバーで挑めていたとして昇格を狙えたかというと疑問を持たざるを得ません。

それは置いといてなのですが、一番勝ちに近かった試合は玉川大学との一戦でした。僕自身、3試合分のデータをもとに分析し、パワーポイント・選手別動画などを作ってミーティングを行い、万全の対策をしたつもりでした。後輩には「この試合に負ければ泣くから」とまで宣言していたほど自分なりにベストを尽くしたつもりでした。

しかし、結果は一歩及ばずフルセットでの敗戦。泣くと宣言していたものの、むしろ降格を覚悟した僕はなんだかすごい虚無感にさいなまれたのを覚えています。

実際試合にも出てないし、ベンチにも入っていない自分が勝手に燃え尽きてしまったとしても、チームメイトからしても「知ったこっちゃない」ことだとは思いますが、実際に燃え尽きてしまったのかもしれません。ですが、ここ数カ月、あることを考えるきっかけになった試合ともとらえられるかなぁとも思っています。そのあることとは「自分はなぜこのチームでアナリストをしているのか」ということです。

 

そんなところで、今シーズンの意気込みというか、僕なりのテーマの一つは「原点回帰」です。これ個人的に好きな言葉の一つで、「建設的議論」くらい好きです。「原点回帰」って言葉は、阪神を熱烈に応援する在阪のスポーツ紙がよく使うんですよね。そんなことで小さいときから聞き覚えのある単語で、好んで使わせてもらっています(阪神ファンではないのですが笑)。

ここでいう「原点回帰」とは文字通り意味をとるのではなく、初心に戻ること・初心を忘れないことを指しています。これを自分(アナリスト)とチームという2つに分けて考えてみたいと思います。

 

まずアナリストの面から。

去年の10月の段階で4部に落ちたら部を辞めようと思っていました。当時の3部において、アナリストは東大にしかいませんでした。4部以下はゼロでした。2部にも半分以上のチームがアナリストを置いていません。それはなぜでしょうか。バレー部への大学当局の力の入れよう(アナリストを運営するにはお金がやはり必要ですので)の差というのもあるとは思いますが、データによる分析以前の問題なのでは?という考えが根強くあるからというものが正解に近いのではないかと思います。もちろん下部に行けばいくほど相手チームに穴ができるのは事実です。そういった意味でアナリストの果たす役割はむしろ大きくなるように思えるかもしれません。しかし、その穴を知っていても、突くことができなければ意味がない。むしろ、相手に合わせてしまうことで、自分たちのペースで試合が進められないという逆効果をうむこともあるかと思います。正直、チームに入ってから自分の分析が生きたな、という試合は1、2試合くらいしかないです。それは僕の実力がまだまだ足りていないという部分もあるかとは思いますが…。

そんなこんなで自分はチームにいてプラスになるのか、ということはここ最近ずっと思っていることです。OBさんなどからも厳しいご指摘をいただいているのも十分承知しているつもりです。アナリストに部の予算を大きく割いていただいていることも知っているつもりです。

そんな複雑になってしまった思いの中で「原点回帰」してみたいと思います。

なんで自分はチームにいるのか、なぜアナリストをやっているのか。楽な仕事ではないです。七大戦なんてしんどすぎて行きたくありません。試合後は試合にかかる時間以上作業をやります。相手の対策をするのに同じ動画を何度も見返します。そこまでしてなぜアナリストをしているのか。それは「チームに勝利をもたらすため」だと思っています。なので、チームの勝利に結びつかないなら辞めた方がいい、これはずっと思っていることです。

 

ここらへんでチームの方に話を移します。ここも一度「原点回帰」して考えてみる必要があるのかなと思っています。

なぜチームを運営しているのか。それは、「みんなで勝利を目指すため」だと思っています。ここらへんがちょっと前述の丹羽先輩(#16)とは違う考え方なのかなぁ、と思ったりもするのですが、勝つため、もう少しいうとリーグで昇格するためにバレーをやっているのだと思っています。それがみんなの目標。勝つためにいろいろ練習を考えたり、戦術を練ったりしているのだと思っています。個人的な話に戻ると、僕はプレーができなくはないです。でも、入部時に(プレーをするということを半ば諦めたに近いのですが)プレーヤーという道を選択しなかった。つまり僕はチームの結果を直接的(自分がスパイクを決めたり)には左右できない存在なのですね。そのぶん、チームの結果ということへのこだわりは人一倍なんじゃないかなと思っています。

 

じゃあ、勝つためには何が必要なのか。

ここでちょっと東大生っぽいブログにしたいという魔が差したので、少し脱線します。日本史の話です。

武士って皆さんご存知ですよね。武士が大切にしていたことってなんでしょうか。まぁいろいろあると思いますし、僕よりもよくご存じの方も多いのではないでしょうか。一つここで取り上げたいのは「合議を重視していた」ということです。

鎌倉幕府で行われた執権政治も有力御家人の合議制を基本にしていたし、江戸幕府における重要事項の決定も合議制がとられていました。これなんでだと思いますか。ざっくりいうと「勝利のためには合意形成が不可欠だから」だそうです。もう少しいうと「合意が形成できていなければ、一致団結した行動がとれない」ということですね。これ、さらにもう少しいうと戦間期の普通選挙の導入という問題も同じように考えられるそうですね。戦争が総力戦(Total War)となった時代において、国民全体の合意形成に選挙というものが使われたということが考えられますね。国民全体の合意こそが戦争の遂行に必要、それはそうですよね。国民がいろいろな考えをもって戦争に協力してくれない人が多ければ勝利は遠のくのですから。戦争の勝利には選挙を通じた国民の合意形成が不可欠だった。

つまり、「団体戦における勝利には、構成員の合意形成が不可欠だ」といえるのではないでしょうか。

もうちょっと脱線します。以下の史料を皆さん一度は見たことがあるのではないでしょうか。

(出典:https://ameblo.jp/nojimagurasan/entry-12166884198.html)

アルバイトでこんなことばっかりしているので…取り上げたくなってしまいました。傘連判状(からかされんばんじょう)ってやつですね。中世の一揆(端的に言うと反乱ですかね)の際に構成員が自分の名前を寄書きのように書いたものです。これはなぜこのような形をしているのか?なんて問題を解いた覚えのある人も多いのではないでしょうか。よくある答えが「首謀者を隠すため」ですね(僕の妹が受けた高校入試の問題にも出たらしく、妹はちゃんと「リーダーがだれかわからなくするため」と書いたそうで、公表された正答もそうなっていました)。この考え方、今の日本史研究においてはビミョーらしいです。では、これに反論してみたいと思います。①そもそも首謀者を隠すためなら書かなければいい、②だいたい誰が首謀者かなんて地域を統治する人間ならだれでもわかっている、という2点です。では、本来の目的は何なのか。それは構成員の平等を神の前で誓うためというところにあったようです(この円の中心には神が宿っていると考えられたそうです)。ちなみに、2008年度東大前期試験日本史第2問Aで問われている内容ですので、興味ある方はご参照を。もちろん先述同様、一揆も合議制に基づいて団結を強めています。

 

バレーボールチームに話を投影すると、バレーボールも究極の団体スポーツ。それは体育を受けた人なら皆わかるはず。そういう中においてまず、①合意の形成は不可欠、②構成員はみな平等、という2点を原点としてもう一度見つめなおすことが大切かと思います。②に関してもう少しいうと、バレーのうまい/下手、部におけるポジションなど人それぞれです。コートに立つ6人、ベンチに入るプラス8人、そして応援に回るプレーヤー、支える監督・コーチ・マネージャー・アナリスト…。でも、勝利に向かうという点ではみな平等に重要な役割を果たすはずだし、果たさなければならない。こんなところを「原点回帰」すると思うわけですね。

 

そんなこんなで原点を見失わない、ということを大切にして、今年は「勝ちにこだわる」チームスタッフとして日々闘っていきたいと思います。

 

長々となりましたし、日本史ブログみたいになりましたし、何言いたいのかわからないし、あんまり快いブログではなくなっちゃったのですが、ちなみに約4400字です。

https://todaivb.jp/men/2015/08/3832/

この(同じ当時2年の)藤原先輩のブログは約4800字で、それよりは今回は少ないのでご勘弁を。アナリストとして是非お読みいただきたい過去のエントリーですので紹介いたしました。

 

ここまで読んでいただいたみなさんに最大限の感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。

 

AN 森口